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●木津川市役所:
京都府木津川市木津南垣外110-9
◎学研企画課 TEL0774-72-0501(代)
◎観光商工課 TEL0774-72-0501(代)
◎文化財保護室 TEL0774-72-0501(代)
木津川市役所
http://www.city.kizugawa.lg.jp/

  • 岩船寺

    寺の縁起によると、天平元年(729年)、聖武天皇の勅願によって開基したと伝えられ、平安時代の本尊阿弥陀如来坐像、普賢菩薩像、鎌倉時代の十三重石塔や五輪塔、室町時代の三重塔(いずれも重要文化財)というように、それぞれの時代に優れたものが作られました。歴史的にも美術的にも、浄瑠璃寺などと同じく南都興福寺の影響を強く受けた寺院です。山間部の谷間にあることから広葉樹が多く、初夏の新緑、秋の紅葉、境内一帯に植えられたアジサイが美しいことでも知られています。

    ◎木津川市加茂町岩船上ノ門43
    TEL0774−76−3390
    ◎8時30分〜17時
    (12月〜2月は9時〜16時)
    ◎300円

  • 浄瑠璃寺
    寺の縁起には、奈良時代に聖武天皇が僧行基に命じて建立させたのが始まりと伝えているのですが、浄瑠璃寺の記録「浄瑠璃寺流記」(重要文化財)の記すところは、永承2年(1047年)に、当麻出身の僧義明が薬師如来を安置して開基したことを伝えています。浄瑠璃寺の名は、東方瑠璃光浄土の主、薬師如来に因んだものです。その後、平安時代末期になって九体阿弥陀仏(国宝)を安置する阿弥陀堂(国宝)を建立し、庭園を整備して今日の姿になりました。

    ◎木津川市加茂町西小札場40
    TEL0774−76−2390
    ◎9時〜17時
    (12月〜2月は10時〜16時)
    ◎300円

  • 高麗寺跡
    7世紀初頭(飛鳥時代)に創建された国内最古の寺院跡のひとつで、高句麗からの渡来氏族狛(高麗)氏の氏寺として創建されたと考えられています。天平年中(奈良時代)に存在したことが「日本霊異記」に記され、「今昔物語集」にも説話が収録されています。伽藍は木津川を見下ろす台地上に南面して立地し、西に金堂、東に塔を持つ法起寺式の配置。塔、金堂、講堂は整美な瓦積基壇を外装としており、講堂の両翼から伸びた回廊は塔、金堂を囲んで中門に接続し、寺域は一辺が約200mであったと考えられます。平成18・19年度の発掘調査で、南門と中門は伽藍の中軸線上ではなく金堂の前に位置する形態であることが分かりました。

    ◎木津川市山城町上狛高麗寺・森ノ前地内

  • 相楽神社
    木津川市の西南部にある相楽神社は延喜式内社で、室町時代初期に建立された三間社流造の本殿は重要文化財、室町時代後期一間社春日造の末社若宮神社は京都府登録有形文化財となっています。また、正月に行われる、豆を焼いてそのはぜ方で12ヵ月の水の状況を占う豆焼、小豆粥を煮て篠竹につまった粥の状況で早・中・晩稲の作柄を占う粥占、4人の宮守とソノイチ(巫女)が稲作の過程を演じる御田、餅を差して花に見立てた竹串を藁包みに差して奉納する餅花、棒に当たる月影の長短をもって年間の降水量を判断する水試などの一連の行事は、中世の宮座祭祀のあり方がよく残されており、京都府指定無形民俗文化財となっています。

    ◎木津川市相楽清水1
  • 海住山寺
    天平7年(735年)、聖武天皇の勅願により東大寺の良弁僧正が開創したと伝えられています。寺の縁起では、寺院建立の折り地面より湧出した十一面観音菩薩を本尊とし、当初は観普寺と呼ばれ、今の名は鎌倉時代に寺院を再興した解脱房貞慶が名づけたものです。伽藍は貞慶が復興して後のもの。本堂の傍らの朱塗りの五重塔は、山並みに映える鎌倉時代の傑作で、国宝に指定されています。十一面観音像や四天王像、文殊堂、絹本著色法華経曼荼羅図、海住山寺文書はいずれも重要文化財に指定されています。

    ◎木津川市加茂町例幣海住山20
    TEL0774−76−2256
    ◎9時〜16時
    ◎本堂300円
    (山内は志納金として100円)
    /10月の特別展は600円 
  • 椿井大塚古墳
    古墳時代前期(三世紀後半)のなかでも最古に位置づけられる代表的な前方後円墳。邪馬台国の女王卑弥呼の鏡とも呼ばれる「三角縁神獣鏡」三十数面を含む四十面近い銅鏡や多くの副葬品が出土し、全国的に大きな注目を集めました。平成12年には、日本の歴史上の重要な文化財として、国史跡に指定され、出土した銅鏡のレプリカは、近くの「山城図書館」で展示しています。

    ◎木津川市山城町椿井三階・大平
    [山城図書館]
    木津川市山城町平尾前田24 
    TEL0774−86−5001
    ◎火〜金
    ◎10時〜18時(土日祝日は17暗まで)
    ◎月・祝日の翌日、毎月最終金曜、年始年末・特別資料整理期間休み


  • 上人ヶ平遺跡公園
    京都府と奈良県の境に広がる奈良山丘陵では、学研都市開発にともなう発掘調査により、奈良時代の瓦窯が数多く発見され、その一部が「奈良山瓦窯跡」として平成22年に国の史跡に指定されています。これら瓦窯跡は、平城宮や南都寺院の建設のため集中的に築かれ、その中の一つ、市坂瓦窯跡が瓦を製作する工房跡とともに上人ケ平遺跡公園として整備されています。この瓦窯跡で製作された瓦は、奈良時代後期の平城宮に供給されていたこともわかっており、発掘により見つかった南北に並ぶ工房跡において、製品の品質管理や数量検査もされていたと考えられています。この遺跡公園は、奈良山瓦窯跡の中核遺跡として、一貫した瓦生産の工程を知ることができるとともに市民の憩いの場となっています。

    ◎木津川市州見台8丁目1番地

  • 恭仁宮跡
    天平12年(740年)、聖武天皇は都を奈良の平城京から宮を木津川市の瓶原の地に移し、その後左京(旧加茂町域)右京(旧山城町・木津町域)を定め、大養徳恭仁大宮と名付けました。しかし、都は完成しないまま743年の末にはこの京の造営は中止されて聖武天皇は紫香楽宮に移り、744年に難波京に遷都、さらに745年、都は平城京に戻されました。わずか5年の都でありましたが、国分寺・国分尼寺建立の詔や、大仏建立の詔はこの都で出され実行に移されました。その後、宮は山城国分寺となり、大極殿は金堂に転用されました。現在は広大な平原となっており、金堂(大極殿)礎石と七重塔礎石が地表にのこされています。

    ◎木津川市加茂町岡崎、河原、例幣


  • 神童寺
    木津川市の北部の山中にある神童寺は、古くから奈良の吉野山と密接な関係を持つ修験道の霊地です。「北吉野山神童寺縁起」によると、この寺は聖徳太子の創建と伝えられ、役行者がこの山で修行中に二人の神童の助力を得て刻んだという蔵王権現像を本尊としています。室町時代に建立された本堂(蔵王堂)は、重要文化財となっています。また、収蔵庫には、重要文化財に指定されている不動明王立像、愛染明王坐像、阿弥陀如来坐像、日光・月光菩薩立像など多数安置されています。春は、境内や周辺山々に桜やミツバツツジが咲き乱れ、寺を華やかに飾ります。

    ◎木津川市山城町神童子不晴谷112
    TEL0774−86−2161
    ◎9時〜16時
    ◎400円 
  • 大智寺
    木津川左岸の泉大橋の南に伽藍を構える真言律宗の寺院。境内は、西に山門、山門からの参道正面に西面して本堂、参道の北側に鐘楼堂、本堂北側からの渡り廊下で接続された庫裏が南面して配置される小規模な構成。旧名は橋寺(はしでら)または橋柱寺と呼ばれ、寺に伝わる「橋柱寺縁起」によると、行基によって架けられた泉大橋が流れ落ち、残っていた本来の橋柱を橋の南詰に壇を築いて安置すると、この橋柱が霊験を現すことがたびたびあったので、橋柱を仏像の材木として、伽藍を文保2(1316)年に整備したと書かれています。平安時代の十一面観音立像や鎌倉時代の文殊菩薩坐像などが重要文化財に指定されています。

    ◎木津川市木津雲村42−1